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    2014/01/09

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    手放してみて 気付いたこと?

    category - 成功 幸福 富
    2014/ 01/ 09
                     
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    僕は、二十代半ばに ろくに交際したこともない女性と家庭をもち まずマンションを購入しました。
    小鳥、熱帯魚、カメ、愛犬ケンを飼いながら 暮らしたものです。

    ただ最初の驚きは 世田谷の別の場所に一軒家を構える 父の死後、難病を患った母との同居を拒否した事なんです。
    「3年くらいは、二人だけで暮らしたい、と。」

    そのため、とりあえず母は弟らに任せ マンションを買ったといういきさつがありました。
    いずれ別れることになりますが 結局母の最期をめとることができなかった、、、これが最大の理由です。

    当時、父が小さな会社を経営したのですが急刹!顧問のアドバイスもあり とりあえず営業員として入社しました。
    小学校教師を志望し、単位を取得していたんですが 大好きなお父さんが亡くなったことで
    どうでもよくなってしまったという気持もありました。

    そのころから、人の身体のこと。父が嫌っていたお金だけの関係、広告代理店など他。両親を相次いで亡くした僕は
    金の切れ目が縁の切れ目の様な現実もみてきていますので、身体、心により深い感心を抱くようになったと思います。

    営業マンとして、まず月の半ば程度は 地方を廻りました。薬品問屋が中心です。

    面白いもので、ある程度の県民性は身に付くものですね(笑)。


    また、話しは変わりますが 父は別の意味で潮時だったのかもしれません。
    入社後、様子を伺って愕然としたのは 主力製品が衰退の一途を辿っていたからです。

    そういえば、父が亡くなる直前に ヒットさせようと 基礎化粧品の原稿を自宅で書いていたときに、
    思わず僕は笑い飛ばし、ヤめたほうがィイよ!こんな時代おくれのネーミング、モデルさん?

    案の定 大失敗だったようです、化粧品なんて未知の事に手をだしたから。

    僕はそのころ、今はどうかファンケルとか自然志向のものがこれから主流になると思っていました。
    また、スパ、健康ランドもィけると漠然と感じていて、
    その後 代表になってから、東京駅にあった 日本健康開発財団に行き、調べた事もありました。

    ただ、年長の常務に笑われてしまい 実行する事はなかったのですが、、、。

    その後、別処方の薬品、別部門で奮起することになりますが、また記載します。      ひとりごと*
                             
                                      

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